大戸関所



中山道碓氷峠の脇往還として利用がされていた信州街道(今の国道406号線)に設けられた関所です。
寛永8年(西暦1631年/皇紀2291年)にまでに調査され関所が設けられました。

何もなければ関東中にある各種関所と比べて差のない代官管理の平凡な関所です。
明治元年には廃止されています。

この関所が歴史上名を成さしめたのは、国定忠治によります。
第一は賭場荒らしや殺人等の罪で幕府から追われていた忠治が、この大戸の関所を破り会津へ逃亡。
第二はとらえられた忠治が関所破り他諸々の罪で、大戸の関所で磔に処せされます。

国道406号線と群馬県道58号線が交わる場所に大戸関所跡地を示す記念碑があります。
石碑の横にある説明書
関所の再現模型・・・・?
唐突にあるから、びっくりですw

関連ホームページはこちら↓
東吾妻町観光ガイド


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